第4話 Vybor

ユレンと案藤が化け物のフランと対峙、戦闘を行っていたのと同じ頃。
現場から遠く離れた本拠地より十数メートル外れた訓練用のスペース、そこから更に離れた廃墟近くにて、東屋は春風と模擬戦闘訓練を行っていた。
ここまで範囲を拡充したのは、東屋の魔法が地中からの壁の生成、春風の魔法が電気の生成であるゆえ、本拠地付近に住む一般市民の生活の影響が無いとは言い切れないからだ。

「そうじゃねぇ!もっと離れろ!」
「っわ!っぶな…ッ」
急速に迫り上がってくる地面と激突すれば、生身の人間は溜まったものではない。
春風は直ぐに鉄パイプでガードをしながら距離を取る形に入るが、直ぐに東屋が懐に入ってハンマーを振り上げてくる。
「ちょ、って、手加減」
「んな事したらすぐぶっ潰されんぞ、ツバメ!!」
春風はとっさに魔法で電気を生成して壁を電圧と電熱で破壊すると、放電した電気を軽く東屋に浴びせつつ鉄パイプを同じように振り回した。
東屋の所持するハンマーは金属製のため少し痺れたものの、すぐに体勢を立て直す。
そして春風の脚を崩すとそのままハンマーを彼女の顔の真横に撃ち落とした。
「あ……」

「………っし、そろそろ休憩だな」
「…うーん…もう少し頑張ってみたかったんだけど……」
「あんま詰めるとこの先疲れて寝ちまうだろ、前も寝てたし」
「うぐ、…そ、それは……」
立ち上がって少し悪態をついてみせた春風の武器を一旦没収し、東屋はふうと息を吐く。
春風も休憩すべく水筒を持って来て、コップに汲んで飲み始めた。
休憩によって辺りには静寂が訪れる。訓練時に響いていた轟音が嘘のようだ。
空を見上げると猛禽類が滑空しており、どこかでまた誰かが死んだのか、あるいは動物の死骸でもあるのか……群れを呼ぶように、甲高い声を上げていた。
しかし突然、何かに気付いたかのように猛禽類は慌ててその場を離れてしまう。
「……」
「どうしたの?」
取り出した飴を齧る口の動きが止まるのを、春風は見逃さなかった。
「…銃声だ。さっき鳶が音に気づいて逃げたんだよ。
俺らの中で銃を扱ってるヤツはそう多くねぇ。
それに、今調査しているユレンはここからかなり遠いから銃声なんて聞こえねぇハズだ」
「え、それって……」
「…休憩は後だ。急ぐぞ」
春風も既に察しが付きつつあるせいで不安が表情に漏れているが、東屋はそれに突っ込む気分でもなかった。
春風に鉄パイプを返すと二人ですぐに銃声が鳴ったであろう現場へと駆け出す。
はやる気持ちに煽られどこからか冷や汗すら滲み、それが走るせいで更に冷えて二人は気持ち悪さを覚えていた。


「………」
「う、そ………」
引き裂かれて綿が溢れ出る巨大なぬいぐるみ。そのすぐそばで横たわっているのは、愛染恋雪。
既に地面には赤く広がる血で彩られており、剣を抜き取るローザの姿があった。
ローザは剣に付いた血を拭うと愛染の遺体をまじまじと見つめている。早速『奪う』気でいるのだろう。
「こ、恋……雪…ちゃ………」
掠れたか細い声に東屋はハッとして振り向き、膝をついた立花つむぎを視認した。
立花は戦いどころではなく、仲間の死によってすっかり腰が抜けてしまっているようだ。

「ツバメ!急げ!」
「っあ…う、うん!」
東屋は、遺体にすっかり目を奪われ言葉を失っていた春風に喝を入れつつ、すぐに立花の元に駆け寄ると彼の手を取って春風に顔を向ける。
「ツバメ、悪いがむぎを頼む。なるべく遠くに避難させてくれ。良いな?」
「うんっ…すぐに戻るね!」

東屋は春風が立花を連れて離れたのを確認すると、ハンマーを持ち直し、ローザに殺意を向けた。
ローザもようやく気づいたのか、気づかぬフリをしていたのか。東屋に向けられたのはこの上ない笑顔だった。
「ふふ、トウゴウさんと逢うのは何日ぶりでしょうね?早く貴方の腕を私の手元に置きたいものです」
「テメェの細腕じゃクソ重くて運びづれぇだろうな。帰り道が楽になるようにその腕ぶち折ってやるよ」
「それは困りますね。僕の腕もまた最高峰の芸術品でもあるのですから。
…嗚呼、それとも、その破壊行為もまた貴方の愛情の発露なんでしょうか?」
「…気持ち悪ぃ言葉並べ立ててんじゃねぇぞ、ローザ。テメェのそういう所が嫌いなんだ」
東屋の腹の中はすっかりと煮えくり返っていた。
仲間を殺したのはもちろん、更に遺体から一部を持ち去ろうとした所を見られて尚この笑顔。
ここまで余裕ぶりを見せ付けられれば、誰だっていい気はしないことだろう。

「お待たせ!トーゴ!」
程なくして春風が駆け寄ってくる音を聞いて東屋は振り返った。
春風の表情から察するに先程までの気の迷いはあまり無いようだったが、やはり仲間の死を直面してしまった事もあり、多少ながら動揺も滲んでいる。
しかし、それは東屋も少なからず同じような心境だったため、二人はすぐに意思を打ち解け合わせられたようだった。
無論、殺意も同様に。
「おう、ちゃんと避難させたか?」
「バッチリ!後方は任せて!」
バチバチと電流の音が響く。
鉄パイプに通電した電流が地面に放電する様を見るに、相当な怒りを孕んでいるようだった。
その音を聞いてすぐに東屋はローザの懐に入り込み、ローザの顔面目掛けてハンマーを振り上げる。
当たれば顔面どころか頭蓋骨も砕けかねない。

しかし、大振りな動きのせいでさほど苦労なくかわされてしまった。
ローザは身体が東屋より随分軽いため、回避は余裕だった。
「駄目ですねぇ、トウゴウさん。貴方は隙が多すぎます」
「ッチ、」
「トーゴ!」
春風は東屋の背後に回ったローザを威嚇するように鉄パイプに伝導させた電流を放出し、ローザに浴びせかける。
瞬時に稲妻にも似た発光でローザの目は眩み、全身に強い電熱と痺れが発生する。
「ッ……」
「ッッらぁッ゙!!!」
即座に再び振り上げたハンマーをローザはとっさに剣で防ぎ、反動で地面を削りながら離れた。
電流とハンマーによる二重攻撃で腕が少し鈍り始めるのを、ローザ自身感じ取っていた。
ローザが扱う武器もまた金属製であったがゆえに、剣を持つ手は電熱による火傷を負っていた。
「…嗚呼、酷い事をなさる」
ローザは痛みに少し顔を歪めるもすぐに体勢を整え、軽い身のこなしを利用して廃墟の壁を蹴り上げながら東屋に急接近を図る。
「まずは貴方の腕を頂きましょう!!トウゴウさん!!!」
「っ誰が、」
かち合うように互いに武器を振り上げる。
互いの攻撃は同時に相手に向けられ、ハンマーが剣を跳ね返す。

そのはずだった。

「……ッ、」
「……っふふふ」
「トーゴ!!!」
一瞬の間にハンマーの軌道は読まれ、滑るように沿って進んだローザの刃は、的確に東屋の右太腿を貫いていた。
ただでさえ軌道が読まれやすいハンマーの動き、ローザは既に熟知していたのである。

だが実際は手の火傷により剣の軌道は逸れ、幸か不幸か、狙っていた首から太腿に向かい一直線に切っ先を落としていた。
「ぐ、ッ」
東屋はローザの剣を引き抜かんと手を伸ばすが、同時にビリ、と体に痺れが走るのを感じる。
先程の訓練の際に食らった電流の痺れが今になって再発してしまったのだ。
こんな時に、と思う間もなく脚からは血が噴き出し、激痛で顔を歪めてしまう。

「おや、貴方も痺れを?僕も同じですよ。おかげで貴方の首を切り落とせず残念です…
しかし安心して下さい、すぐに楽にしてさし上げますので」
全て見透かすような笑顔を見せると同時に、東屋に刺した剣を一気に引き抜く。
東屋はすぐに退こうとしたが動脈を切られたらしく、出血多量により脚が動かなくなりその場にへたり込んでしまった。
「…っこ…の、」
「トーゴ!逃げて!トーゴ!」
「…っくそ、ったれ……っが……」
「っうわぁぁ!!!」

東屋を守ろうと春風がローザに突っ込むが、すぐに剣で振り払われてしまい、鉄パイプは遠方に飛ばされた。
焦りと緊張と不安でグシャグシャになった春風はすぐに立ち上がろうとするが、程なくしてローザに頭を脚で踏まれ身動きが取れなくなった。

「ーさて、まずは貴方ですよ」
赤く染まった切っ先が東屋の上に掲げられ、心臓目掛け一息に突き落とされた。


レジスタンス本部内にて内原との戦闘訓練、更に見張りと一般市民との交流とを終えた緋高は、引き続いてレジスタンスのメンバーの確認を取っていた。

そして、別エリアで戦闘訓練を行っていたはずの東屋と春風の行方が分からなくなっており、現場で倒れている春風の水筒を確認。すぐに不測の事態を考慮した。

東屋も春風も報告は怠らないため、誰にも言わずに消えるというのは想像し難かったのである。
一抹の不安を抱えつつも、すぐに樋崎と京に連絡を入れ、同行を希望した樋崎と共に二人の足跡を追い始めた。

「恐らく、離れてからそう経ってはいないはずだ…すぐに戦えるよう準備をしてくれ!」
「言われなくても分かってるわよ!」
化け物との接触を想定した上で互いに武器を抱えながら現場へと急いだ。

…………
………………

…東屋の目の前にいるのは、ローザだけのはずだった。
あり得ない光景に、東屋は開ききった瞳孔を更に広げる。

小柄な体。
白いエプロン姿。
東屋はそれが誰なのかをよく知っている。

「……東郷、さ……」
「……む…………ぎ」

ー目の前にいるのは、東屋が愛してやまない立花つむぎ。
彼女の真っ白なエプロンからローザの剣の切っ先が顔を覗かせており、そこからエプロンは赤く染まっていく。
剣が貫いた場所は、立花の下腹部だった。

腹部を貫かれる圧迫感と傷が外気に晒される激痛で、立花は元より泣きそうな顔を更に歪めている。

「…むぎ、むぎは……ですね、とうご、さ……」


立花は、「何もできない自分が嫌い」だとずっと思っていた。
ペアの愛染を守ることも叶わず、何の役にも立てなかった自分が大嫌いだった。
だが、ここで大好きな人の役に立つことができた。それは彼女にとって喜ばしいことだった。

そう伝えたい立花だったが、東屋の無事な姿を見るうちに、言いたいことがどんどん消えていき、垂れ落ちていく血が彼の服を汚しつつ広がっていく光景に『死へのカウントダウン』を感じ始めていた。

「…むぎ、どうし、て、お前」
「…とうご、さ……、赤ちゃん、……まもれ、なくて、
ご、め……な………さ…………」

ローザが剣を引き抜くと同時に立花は東屋の腕の中に倒れ、彼の服は更に立花の血で染められていく。
次第に軽く、冷たくなっていく彼女に、東屋は信じられないと言いたげに顔を歪ませる。
「…ぅ、そだ、嘘だろ?なぁ、そんなの、俺…何も、聞いて……」
「………ゃ、やだ……つむぎ、ちゃ………」

へたり込んだ春風が顔を両手で覆い、涙を滲ませる。
あってはならない光景がそこには広がっており、春風も東屋も処理が追いついていない。

立花の『赤ちゃんを守れなくてごめんなさい』という言葉は、確かに二人の耳に届いていた。
これまで伝えられることのなかった衝撃の事実は、二人を更に絶望の淵に追いやらせてしまう。

「…さて」
二人の地に落ちた感情を割るようにローザは東屋に向けて剣を振り下ろす。
絶望する東屋の右手にはハンマーが握られていた。

(ッバゴォッッ)
「……ッッ、」
凄まじい地響きのような音を聞いたと同時に緋高と樋崎は現場に辿り着く。
目の前の光景は全てを理解するのにそう時間を要するものではなかったが、同時に動揺を招いた。

緋高はまず自身の恋仲の愛染に目を向ける。
既に遺体と化し、東屋が生成したであろう壁で覆われ保護されているのが分かる。

「…ックソ」
どうしても私情に走りたい欲が渦巻くが、生きている仲間を優先しなければならないのは百も承知だ。
緋高は心の中で愛染にしきりに謝りつつ、一度視線を外して次に愛染のペア相手の立花を探す。

行方は樋崎が既に気づいていたようで、立花を守るように抱きかかえている春風を緋高も後から発見した。
「…っ、……何で…あぁ、もう…!」
答えようのない樋崎の台詞で、この分だと立花ももう息はないことに気付く。
一度に二人も失うなんて。

そう思っていた緋高はハッとなり、姿の見えない東屋を探す。
辺りは巻き上がった砂のせいで砂塵が酷く、数m先が薄っすらとしか見えない状態だ。こんな状況下で、彼はどこに?

樋崎が春風の元に駆け寄ると、彼女は涙目のままどうしよう、どうしようとやや顔を青くしながら訴えかけてきた。
「…と、トーゴ…が…」
「え?」

「うあぁ゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッッッ!!!!」
「「!?」」
咆哮のような雄叫びに緋高と樋崎は同時に砂塵に塗れた方角を振り返る。
金属がぶつかる衝撃音と共に先程聞いた地響きのような轟音が砂塵の中から聞こえてくる。

すぐにブワッ、と砂が内部から起こる風で吹き飛ばされ、その姿がハッキリと目に映る。
東屋とローザが戦っている。
一般人の目から見ればその程度で留まっていたことだろう。

だが樋崎と緋高が東屋の異常な行動に気付くのに、さして時間はかからなかった。
足からの出血が相当に酷い中、東屋はローザに向かって容赦なくハンマーを振り回している。だがその動きは、化け物のローザが少し慌てている程に速度の上昇したものになっていた。
ー間違いなく、彼は暴走している。

二人同時に結論づけると緋高は樋崎に目で合図を送り、それを受けた樋崎は舌打ちをしながら春風を安全なところに避難させるべく、彼女を連れて遠方へ走った。

「楽しそうだね、ローザ。アタシも混ざろうか?」
高い位置から声が聞こえ、緋高は視線を上げる。
そこには楽しそうに頬杖をつきながら戦いを見ている、化け物の炎華がいた。

…このまま炎華がこちらに来てしまえば、敵わなくなる。
東屋も緋高も死んでしまうのは明白だった。
しかしローザは返答どころではなく、目の前の猛獣を制するのに精一杯のようだった。

ペアの片割れのみが化け物に立ち向かうのは無謀だ。下手を打てば確実に死ぬ。しかし彼は攻撃を凌ぐように速度を上げながら猛攻を繰り返している。
…まるで、人間ではないかのように。

「…東郷さん!」
最早見ていられず、緋高はすぐに東屋の元へ向かう。
後から樋崎も駆け付け、彼を止めるべく両腕を互いに掴み一気に引き離す。
ローザはハンマーを剣で受けた際の衝撃による痺れもあるせいでやや怯んでおり、向かってくる様子はない。

「ここから逃げるぞ、夏実ちゃん!急いでくれ!」
「分かってるわよ!ッ〜」
だが重く硬い巨体の、しかも暴れている男性を二人で抑えるのは中々に困難だ。
叫び声を上げながら尚も立ち向かおうとする東屋に我慢が効かなくなった緋高は声を上げる。

「いい加減目を覚ましてくれ東郷さん!逃げないと…皆死んでしまう!二人が無駄死にになってしまう!!
…恋雪が、死んでいるんだ。俺だって辛いんだよ!!!」

その声で東屋はようやく我に返り、ゆっくりと緋高と樋崎を見る。
樋崎も東屋の異常な行動の理由を理解していた為、辛そうに表情を歪めていた。

「…頼むよ…ここで一気に、3人も失いたくない……頼むから………」
「…………」

ずる、と東屋は力が抜けると同時に放心してしまい、表情は暗く顔を上げない。
この隙に二人で東屋を引いて現場から引き離していく。

「…何だ、やる気がないのならこっちも願い下げだね」
炎華はその様子を見て闘争心が失せたのか、ヤレヤレと肩をすくめた後にローザの元に向かっていく。

…今の状況で、二人の遺体を安全に連れ帰るのは困難だ。
あのまま置いてしまえば確実に、ローザによってどこかしらが摘出されてしまうのは明らかだ。

だがこの戦況ではどうしようもない、と脳内でどうにか折り合いをつけつつもやり切れない心のまま、緋高と樋崎は現場から離れ、合流した春風と一緒にレジスタンス本部へと足を向ける。
…被害が、損失があまりにも大き過ぎる。
そう考えて落ち込むのは、傲慢なことであると樋崎も緋高も理解していた。
それはきっと、レジスタンス内部で待ち続ける仲間にも同じ事が言えるはずだ。
…帰ったら、皆になんて言えばいいんだ。
「…んで、なんで………」
ぼそ、と小さくか細い声に振り返ると、東屋がはらはらと涙を溢しているのが目に映る。
常に強気で活気強いこの男が、ここまで心を乱しているのを見るのは三人も初めてで、春風はそんな姿に耐えきれず、東屋に縋りついて泣きだした。

…きっと、彼にも耐えきれないような何かがあったに違いない。
想像はしたくはないが、緋高は少し勘付いてしまっていた。

「……帰ろう。怪我も…治療しないと」
苦し紛れに声を発し、緋高はせめて面子を崩さないように三人を導きながら帰路についたのだった。

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