第6話 Pokhozhiy

名が帰還して間もなく、春風の訃報は全てのレジスタンスに届けられた。
それは、治療を終えた東屋の耳にも。
「……ツバメも、か」
ふうとうなだれると、間近にあったテーブルに拳を強く叩き付ける。
隣にいた案藤はその音に少し驚いたものの、すぐ冷静さを取り戻した。
「……行くんだね、東郷」
「…ああ、良く分かってるじゃねぇか。流石はペアってところか」
「これでも、割と長く一緒にいたからね。
…遺体、回収しに行くんでしょ?…僕も行くよ、あんな所に仲間を置いておきたくないから」
「…ああ。悪いな」
言葉こそ少ないが、互いによく信頼し合っているらしく意見の合致も早かった。
ーもっと、早く立ち直れていれば。
それができていたら、春風も死なずにすんだのかもしれない。
「ユレン達に伝えてくるよ。…東郷も、準備があるんでしょ」
「…そうだな、悪い」
準備。それは、立花つむぎの遺体との対面へ向けてのもの。
冷静に会えやしないことは東屋は勿論、案藤も承知の上だった。
今頃どんな状態になっているのかさえ分からない遺体を、これから回収しに行かなければならない。
強い精神的負担がかかることは明白だ。
しかしそれでも足を向けるのは、東屋の個人的な目的もあってのことだった。
案藤が戻るまでの間、東屋はハンマーを握り締める手を緩め、目を閉じては軽く深呼吸を繰り返していた。
レジスタンス本部からかなり離れた例のエリアに辿り着き、瓦礫を撤去しながら捜索を行うこと数時間。
最初に発見したのは愛染恋雪。二人は彼女をコンテナの中に収納した。
愛染の閉じられた瞼からは出血の跡があり、既に両目が奪われていることが分かる。
「…ごめんね。本部に帰るまでの辛抱だから……」
「……」
火葬場の蓋を閉めるかのように、コンテナの扉が閉じられた。
踵を返し、次いで立花の遺体の捜索に乗り出す。
樋崎から聞いた話によると、立花の遺体は廃墟内部にあったベッドの上に寝かせたままだという。
……当然、その遺体が無事だとは思えない。
「…あの辺りだ」
廃墟はローザと戦闘を行った場所からさほど離れておらず、ボロボロのドアを蹴破って突入した。
比較的綺麗に整ってはいるものの埃が充満しているその部屋に、彼女はいた。
「……むぎ……」
「……やっぱり、か……」
外傷は下腹部に加えもう一つ増えており、丁度心臓がある辺りが切り開かれてしまっている。それにより衣服は全体的に赤黒く変色していた。
「…東郷」
「…………ああ。正気だ」
遺体に近付き、すっかり冷えてしまった身を抱きかかえると、東屋はその場で静かにうなだれた。微かな泣き声が聞こえる。
「……っ…必ず、ローザを殺そう。東郷」
「…ああ。ああ、アイツは…アイツだけは……」
案藤はそれ以上掛けられる言葉が見つからず、東屋の精神が安定するまで、じっとその背中を見つめていた。
ようやく落ち着いた東屋を連れ、案藤は立花を愛染の隣に安置した。
これで、少なくとも春風の時のような惨事は起こらないだろう。

「!」
コンテナの扉を閉じ終えると同時に、案藤は背に鋭い殺気を感じ思わず振り返る。
殺気の主は東屋で、彼は遠くのある一点に目を向けているようだった。
ーーまさか、もう嗅ぎ付けて?
「東郷、まさか……」
「…ハイエナは死体の匂いを嗅ぎ付けてくるそうだな、案藤。
おいでなすったぜ、クソ野郎がな」
地面に散るガラス片を踏みつける音と同時に、見覚えのある姿が瓦礫の奥から現れた。
「……ローザ……」
東屋は苦虫を噛んだかのような、いや、それ以上の憎悪を噛み潰した強い殺意を顔から滲ませる。
その背後でナイフを手にした案藤は、笑顔のまま近付いてくるローザの目的をすぐに察する。
「…狙いは君のようだね、東郷」
「そうみてえだな。とことん舐め腐ってきやがる」
ローザは持ち帰りそこねた東屋の『腕』が気になってしょうがないのだろう。
彼のコレクションへの執着は人間の二人には到底理解しがたいものだった。
「お久しぶりです、トウゴウさん。ようやく戦意を取り戻していただけたようで…嬉しい限りです」
「……仲間に随分な仕打ちをしてくれたようじゃねぇか。ああ゙?ローザよォ」
「僕はただ『欲しい物』をいただいただけですよ。そうした欲求はあなた方にもあるでしょう?」
「……あぁ、そうだな。その『欲しい物』を目の前でブチ壊しやがったテメェを殺すのが楽しみだ」
それは良かった、などと言いながら、ローザは愛想笑いのようで、どこか本当に好意の滲んでいるような笑顔を東屋に見せつけている。
だが一方の案藤には、顔どころか視線すら向けようとしない。
この短いやり取りだけでも、ローザが案藤にどれ程の卑下を向けているのかは一目瞭然だ。
「なるべくサポートに回るからね。思いっきり暴れて良いよ、東郷」
「…気持ちの悪い声がすると思ったら。汚れものの出る幕などないのだが」
「そうかな?…少なくとも、僕は君の粗相に比べたら大したことはしてないと思うけどね」
「穢らわしい。トウゴウさんがこんなものと行動を共にするのが今も信じられませんね」
案藤とは会話をすることさえ嫌なのか、ローザは上向きだった機嫌をすっかり損ねてしまったようだ。
だが先程のような笑顔には嫌気がさしていた二人にとっては、むしろ好都合とすら言えたのかもしれない。
「ローザぁァ゙!!!」
「!」
咆哮と同時にハンマーが急速に空気をかっ切り、一瞬反応が遅れたローザの左肩を直撃する。
不意打ちで、なおかつ紳士的な戦いを望んでいたであろうローザにとっては不本意な事態であるだろうが、東屋にとっても案藤にとってもそんなことはどうでもよい。
「ッ、ぁ゙」
明らかに骨の折れた音。
異様な感触と激痛にローザは思わず顔をしかめ、すぐに二人から距離をとる。
触れて確認するまでもなく、だらりと力無く垂れ下がった左腕は最早使い物にならないだろう。
それでもローザはこの状況、この一瞬で相手に不利を与えることのできる東屋の力に好意を抱かずにはいられなかった。
「嗚呼…なんて、なんて素晴らしい!やはりトウゴウさんのその腕は僕に与えられるべき宝物の一つだ!
確信が持てました…どうしても貴方の腕が欲しくてたまらない…ふふ、フフフ…!」
「…ッチ、まだ喋る余裕があんのかよ。さすがは化け物だな」
無論、ローザの傷が治ったわけでも、ましてや事態が好転したわけでもない。
それでも、狙っていた獲物が『間違っていなかった』ことを再認識できた喜びは有り余るアドレナリンとして痛みを緩和させた。
「…でも、あいつの力は剣がメインじゃない。気をつけて、東郷」
「…ああ。愛染があれでやられたんだ…いやでも警戒はする」
相手の動きを止める、ローザの『能力』。
一度でも目が合ってしまえば勝ち目はないだろう。
だからこそ、東屋と案藤は事前に作戦を練り上げていた。
いかにして、ローザを叩きのめすか。
「ッらぁァ゙ッッ゙!!!」
「!?」
唐突に東屋は剥き出しの地面にハンマーを何度も叩き付けた。すると瞬時にローザの四方八方に巨大な壁が生成される。
無造作かつ不規則に突き出た壁はローザの視界を妨げ、彼が再度東屋に目を向けた時には既に二人の姿はなかった。
この多数の壁に隠れ、撹乱を行うつもりなのだ。
そう判断がついたローザは、元々浮かんでいた笑みを更に歪めていく。
「ふふ、面白い遊びを思い付きますね?トウゴウさん。
けど貴方は時間をかけるやり方はお好きではないはず……お仲間の仇を討ちたくはないのですか?」
「……」
「抑えて、東郷。…まだその時じゃない」
壁の裏でハンマーの柄を強く握り締めた東屋をすぐに案藤が宥める。
突っ切って向かったところで、ローザが能力を使わないという保証はない。
だからこそ慎重さが求められるのは東屋も十分理解していたが、やはり挑発されっ放しというのは彼には耐えがたかった。
「…良い?僕がローザの注意を引く。その間に……」
「ああ…分かってる」
「…必ず連れて帰るんだ、二人を。だから無茶は禁物だよ」
「…それはお前も同じだ、案藤。約束を違えられちゃ敵わねぇからな」
嫌な事を思い出させるなあ、と少し困った笑顔を浮かべた後、案藤は東屋から離れてローザへの接近を図った。
瓦礫や生成した壁があるとはいえ、ローザの視界が完全に塞がれた訳ではない。
隙を見せれば一瞬で案藤の命など消えてしまうことは、二人ともよく理解していた。
「!」
生成された壁の隙間から一瞬だけ姿の見えた案藤をローザが逃すわけもなく、すぐさま剣を抜き、壁を一太刀で切り裂き破壊した。
「汚らしい鼠がっ…僕の視界に入るんじゃねぇ!」
「誰が鼠、ッだよ!」
ローザは案藤を追いかけると同時に壁を次々と破壊していく。壁が地に落ち砕け散る音と共に、土埃が広く舞っていった。
案藤は必死にローザから距離を取りつつ壁に隠れては逃げ続けており、それによりますますローザの機嫌が悪くなっていく。
「さっさと僕の前から消え去れ、薄汚い鼠がッ!」
「ーーッッ」
逃げ続けた疲労も相まって太刀筋を見誤った案藤は、壁が切り捨てられると同時に右腕に深く傷を負ってしまう。
すぐに止血を行おうとしたが、傷は広範囲に深く及んでおりなかなか出血が治まらない上、逃げ惑っている状況下では止血をするどころではない。
「っくそ」
想定よりも早く傷を負ってしまい、腕を押さえながら必死に逃げ続ける案藤。
彼自身も、本音を言えばローザをこの手で倒してしまいたかったが、東屋の戦闘意欲を無駄にしないため、この場はあえて我慢して乗り切ろうとしていた。
「いくら逃げたところで、お前の血が僕を導く。さっさと殺されておけば良かったものを」
「…僕は、しぶとい…からね」
貧血が案藤を襲うが、今足を止めることは許されない。
土埃はどんどん舞い上がっていき、周囲の見通しは更に悪くなっていく。
今頃、風下にいる東屋はローザにかなり接近できているはずだ。
へら、と案藤の口元が緩く弧を描き、それを見たローザの機嫌は更に悪化する。
次第に貧血で脚の自由が利かなくなった案藤は地面にへたり込んだ。
散々追われ続けたローザが近づくにつれ、眉間にしわを寄せた怪訝そうな表情が案藤の視界に映り込む。
「どこまでも気色の悪い……まるで害虫だ。それももう終わりにできる…さっさと死ね!」
瞬時に振り上げられるローザの剣。
案藤はそこから目線を外す。
「…そうだね。その通り。
君が、死ぬんだけどさ」

「ーーロォォォォオォォザアアァァああぁぁ゙!!!!!!」
「ーッ」
地面に座り込む案藤の背後から、濃い土埃に紛れて東屋がハンマーを振り上げた状態で襲い掛かってくる。
とっさにローザは能力を使おうとしたが、すぐにできないことに気が付いた。
東屋は、目を閉じている。閉じたままで、吹き上がる風向きを感知しながら飛びかかってきたのだ。
「ーしまっ、」
案藤に向けていた剣はハンマーで腕ごと弾かれ、斬り返す間もなく懐に東屋が侵入してくる。
ー死、ぬ。
瞬時に感じた恐怖にローザは血相を変え、持ちうる体力全てを振り絞って距離を取った。
だがその動きによって風向きが変わったことを感知した東屋は、再びローザに向かって目を閉じたままで突進してくる。
「(殺さなければ、すぐに、今すぐにでも)」
焦りを感じたローザは無我夢中で剣を振り上げ、突進してきた東屋の両目を瞼ごと斬りつけた。
「っぐ、」
痛みで顔をしかめ、一瞬動きが止まったのを見計らい、今度はローザが懐に飛び込み東屋の右胸から左脇腹までを一直線に斬りつけた。
「ー、っがぁッッ゙!!!」
だが彼の分厚い筋肉によって刃は内臓まで至らず、斬りつけた直後に東屋が振り上げていたハンマーがローザの左脇腹を直撃した。
「ッが、ぐぅ゙……」
体内から発せられた、何かが潰れる音と折れる音。
理解するよりも先に苦しみと激痛に襲われたが、ローザは剣を地面に刺してどうにか倒れまいと踏ん張る。
「ー、ッヒュ、」
「東郷!」
東屋も直後に脚が崩れ、地面に膝を付ける。
いくら戦闘行為によってアドレナリンが分泌されていても、失血の影響からは逃れられない。
後ろから追いついた案藤が東屋の容態に顔を青くしながら駆け寄った。
「東郷、目が…それに、その傷……」
「問題ねぇ、まだいける」
「駄目だよ!一旦退こう。これなら、いつだってローザを、」
「…っは、冗談…言うなよ、案藤」
「…東郷?」
東屋の口端はなぜか上がっている。
このまま傷を放置すれば、待つのは失血死だと言うのに。
焦る案藤を知ってか知らずか、東屋は案藤にいつもの調子で顔を向ける。
…既に目は見えないはずの彼が、なぜ、自分の位置を正確に把握できるのか?
「ー案藤。お前の魔法、俺に掛けてくれ」
「……は?」
「今が最高のチャンスなんだ…早いとこブっ潰さねぇと、またヤツは奪いに来る」
「…そ、れは…、け、けど、君の、」
「いいから早くやれ!!!」
突然の罵声に案藤の喉がひゅ、と鳴る。
まるで涙を流しているかのように赤く染まっていく東屋の顔は、なぜか満足そうに見えた。
「…声、荒げちまったのはこれが初めてか。悪いな。
…けど、お前の魔法しか、今の俺にはねぇんだ。頼む、案藤」
「…ぼ、僕、は」
「…一生のお願いと言ってんだぜ?案藤……これ以上、お預け喰らうのは御免だ」
(僕の魔法を頼ってくれる、それは喜ばしくて、ありがたい事。けど、)
「必ず生きて帰る。お前と約束したんだ」
その言葉に案藤はぐっと言葉を詰まらせた。
東屋が案藤に嘘を付いたことは一度もない。その信頼が、彼の判断を徐々に鈍らせていく。
「…本当に?」
「ああ」
「…絶対、絶対だよ?」
掠れ、弱々しい言葉を耳にした東屋は緩く首を縦に振ってみせた。
「…ああ、頼む」
案藤は東屋の身体に触れ、『魔法』を展開し発動する。
目を潰された為に視界は利かないままだが、東屋は自身に魔法がかかったことをすぐに理解した。
「…ありがとな、案藤。恩に着る、っぜ!」
そしてすぐさま立ち上がり、持っていたハンマーを素早く振り上げる。
ローザは体を支えることで精一杯になっていたせいもあり、引き抜いた剣ですぐに防御するも間に合わず、剣はハンマーで大きく歪んでしまう。
「ーーッ」
「ぉおぉ゙ォ゙ォ゙ォ゙ら゙あァ゙ぁ゙ァ゙ァ゙ッッ゙!!!!!」
「ーっひ」
血によって体が濡れ、それによって防御するローザの動きが肌に一層伝わってくる。
退いても退いても迫ってくる東屋の猛攻に恐怖を感じたローザは本能から剣を無作為に振り下ろした。
互いが近かったこともあり、振り下ろされた剣に東屋の右脇腹は深く傷付き、内臓ごと奥まで斬り付けることを許してしまう。
「ーっらァ゙ああ゙ァ゙ッッ!!!!」
「!?」
それでも東屋は動きを止めず、カウンターのようにローザの右脇腹へとハンマーをめり込ませた。
「ぉ゙、っご゙、」
息が、息ができない。
思考だけが焦る中、激痛と呼吸困難により膝が落ち、体制が崩れたことによってローザの顔の右側はハンマーの直撃を食らった。
「っぶ、ぉ゙ッ」
「あァ゙あ゙ぁ゙ああァ゙!!!!!」
地面に崩れ落ちたローザを足で踏みつけ、更に背中、胸、脚と、次々とハンマーで叩き潰していく。
地面には次第に東屋とローザの血による赤い水溜まりが出来上がっていった。
東屋は最後に一層強く、ハンマーを振り上げる。
ローザはもう、逃げる術を持っていなかった。
「ーーぁばよ、ローザ」
濃い土埃の中で、ゴシャッ、と、鈍い音が木霊した。
案藤はその音を聞き、ようやくこの戦いに終止符が打たれたことに息を吐く。
魔法を掛けてから、既に7分が経過している。
案藤は東屋に駆け寄ると、倒れそうになっていた彼をどうにか肩で支えて立ち上がる。
「…終わった、んだね?東郷……」
「……ああ、もう息はねぇよ」
案藤はローザの状態を確認する。
ハンマーによって何ヶ所も凹んだ胴体。
太腿から先が粉々に砕けた両足。
先に砕かれた左肩。
そして、彼が倒れる地面に広がる大量の血。
…死んでいる。この化け物は、必ず。
「…早く帰ろう、東郷。遺体のことも、早く報告しないと」
「…ああ……」
重たい東屋の身体を精一杯引きながら歩いていく。
血で既にどうなっているかさえ分からない傷を診る時間すらも惜しく、案藤は懸命に本部へと足を運び続ける。
「東郷、聞こえる?」
「ああ、」
「帰るまでの間、何度でも声を掛けるよ。いいね?」
「ああ」
この出血では、持ち合わせた治療器具では到底間に合わない。だからこそ、急がなければ。
早く本部の仲間と合流して、治療して。それで、二人の遺体のことも知らせて、それから。
「東郷、もう少しだよ。辛抱して」
「…ああ、聞こえてるって」
本部が目の前に見えてくる。
遠くで誰かが案藤達を見つけたのか、誰かが声を上げて仲間を呼んでいるのが確認できた。
良かった、と案藤はようやく安堵した。
「東郷、本部だよ。早く帰ろう」
「…ああ。かえ、…らなきゃ…な。
……む、ぎ。……かぇ、…た……………」
「……東郷?ねぇ、東郷?」
「……」
「帰るんだよ?そんなの許さないよ?ねぇ、聞こえてるんでしょ?ねぇ?」
必死に声を掛ける案藤の元に緋高、樋崎、内原が駆け寄ってきた。
「案藤君!東郷さ……」
「…!」
「…ぇ…東屋、さん……そ、んな…」
二人が歩いてきた道から続く大量の血に、一同は言葉を失ってしまう。
そんな状況を信じたくない案藤は、何度も静かになった東屋に声を掛け続ける。
「返事して!東郷、ねぇ!!!東郷!嘘をつかないで!僕に、僕に嘘はつかないんでしょ!?
頼むから、お願い、だ…から……
…っゔ、う…ぁ゙あァ゙あぁぁ゙ああぁぁ゙…!」
レジスタンスで一度も涙を見せたことのなかった案藤が、人前で声を上げて泣き崩れている。
樋崎は声も上げられず、黙って唇を噛み締めうつむき、涙をこぼしている。
緋高は頭を抱えて項垂れ、内原は真っ青な表情で膝を落とした。
誰もが信じたくない、四人目の死者。
間に合わなかった、僕のせいだ、と案藤の思考は罪悪感で支配される。
東屋を失った事実を受け入れることができそうにないまま、ただただ四人の仲間は彼の死を悼み続けていた。
その一方、東屋と案藤が去った、崩れた壁と瓦礫で荒れ果てた地にて。
何も見えないほど悪い視界の中、血溜まりから引き摺ったような血痕が続き、ズルズルという音と掠れた声が土埃の中からかすかに聞こえる。
ローザはまだ、辛うじて息をしていたのである。

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